昭和18年、戦局が苛烈になり日本全体がひどい食料難になっていた頃、大阪女子医学専門学校(関西医科大学の前身)の教授を勤めていた遠藤仁郎医学博士は、安上がりで腹を膨らませる方法はないものかと思案していました。そんなある時ふと気付いたのが、野草の葉・野菜の葉・樹木の葉なら無尽蔵にあり、動物は緑の葉を食べて元気に生きているという事実でした。遠藤博士は家族で近くの野菜畑に出向き、畑に捨てられる大根の葉・なすの葉・大豆の葉・里芋の葉などあらゆる緑の葉を陰干しにし、食事に取り入れてゆきました。やがてこれは博士本人や家族の健康維持にも役立つことが解り、もっと生野菜に近い形で食べやすく一度に適量を取る方法はないものかと思案を重ねた結果、ジュース(汁)する方法を思いつきます。これが「青汁」の始まりです。
その後、軍医として召集され熊本県人吉の山中に配属された同博士は、栄養状態も悪く疲弊してゆく兵隊に毎日野草や木の葉を取ってこさせ、餅つき臼で作った青汁を飲ませて、健康維持に役立つことの自信を得ます。
敗戦後倉敷中央病院に戻った同博士は、栄養補給を目的とした病院食に青汁を取り入れ、その評判は学校給食にも取り入れられるといった広がりを見せることとなります。
青汁の評判が高まる中、同博士は青汁の材料について研究を始めます。キャベツや小松菜、みず菜、だいこん葉など色々試してみますが、味覚・栄養バランス・収穫できる季節が限られるなど様々な問題点が浮上します。同博士が見つけ出したケールは、比較的に栄養バランスが良いことや周年栽培が可能でしかも多収穫であることから青汁の素材として定着してゆくこととなったわけです。
遠藤博士は数々の講演の中で、「現代人の食生活は偏りがちで、健康を維持し健やかに生きてゆくためには、清浄(農薬や化学肥料を用いない)な野菜(ナッパ)をできるだけたくさん食べることが大切です。しかし、食べることができる量には限りがありますので、合理的に青汁として飲用すれば、バランスの取れた栄養を手軽に補給することができます」と常々訴え続けてこられました。
この50年以上の研究と実績を持つ遠藤仁郎医学博士の青汁健康法の理念をご理解いただき、健康のためにお役立ていただけることを願います。
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